2012年8月30日木曜日

132. 次のX(いい予感)

兼ねてから噂のあったFujifilmのレンズ交換式ミラーレス機「X-Pro1」の「弟分」が、その姿を現した。

と言ってもまだリーク情報に過ぎず、正式発表が待たれるところだが、画像を見る限りかなりいい感じなのである。



出展:デジカメinfo 富士フィルムX-E1の前面・上面・背面の画像


名を「X-E1」というらしい。
兄貴分のX-Pro1とはセンサーが共通であり、つまり、APS-Cでかつローパスレスということだ。X-Pro1と同様に、先鋭度の高い画像が得られるだろう。

まず、注目したいのはファインダーだ。
OVF(光学ファインダー)とEVF(電子ビューファインダー)のハイブリッドだった(ハイブリッドビューファインダー)X-Pro1と異なり、X-E1はEVF一本に絞っている。
これは、大変賢明な判断だったと思う。

CP+2012で富士フィルムの方に聞いた話では、もともとハイブリッドビューファインダーは、OVFがベースだったとのことだ。

OVF上にパララックス補正した枠(この範囲が写りますよと示す枠線)が出たら面白いよねという話が出てきた→だったら液晶を光路上の間に噛ませればいいよね→だったらOVFの窓を塞いでしまえばそのままEVFになるよね。
といった流れで、技術者達が盛り上がり、実際に生み出されたという逸話がある。

つまり、技術者からすると、OVFありきで始まったモデルで、廉価版を出すとしたら「OVF一本」という方向性も考えられたわけだ。(実際、ハイブリッドビューファインダーを搭載しているX100の弟分であるX10はOVFのみである)

しかし、レンズ交換式であることを考えると、望遠側のレンズを付けた際に、EVFならば望遠の拡大された視野が反映されるわけだが、OVFの場合、表示される枠線が小さくなるだけで写らない余白部分が相対的に大きくなってしまう。
100mmを越えたら現実的にはEVFしかあり得なくなるだろう。

さらに、OVFの場合、確かに素通しで明るいことは明るいのだが、ピントの山が分からず、どこにピントがあっているのか分かりにくい(というか分からない)という問題もあった。

さらに、AFのスピードと精度にもやや難がある印象で、せっかくボケのきれいなAPS-Cを選んでいるのにもったいないなぁという印象だった。

僕はX100ユーザーなのだが、やはりAFには手こずっていて、これは何とかなってほしい。また、OVFよりも結果的にEVFの方が使用頻度が高いという状況にもある。

というわけで、個人的には「弟分には絶対EVFを」と思っていたが、実際そうなって、まずはホッとしている。

さて、次に重要な変更点は、デザインだ。

X-Pro1と比較してみた。



注目すべきは、X-Pro1で賛否両論だった軍幹部左の「なで肩」が、X-E1ではなくなっている(水平に戻っている)ということだ。
賛否両論と書いてはみたものの、実際には恐らく「否」の方が多かったと思われるので、これはデザイナーの英断だったと言ってもいいと思う。
惜しむらくは、X-E1のロゴがややサイバー過ぎる所だが、現代のカメラなんだし、そこは良しと考えよう。

さて、X-Pro1と比較すると、サイズもややコンパクトにまとめられている。
以下は、マウント径を画像上で合わせたもので、縮尺は大体合っていると思う。


もちろん正式発表を待つ必要があるが、このくらいの違いであれば、視覚的にも、触覚的にも小サイズ化を感じられると思う。
特に、OVFとのハイブリッドを諦めたことで、軍幹部が短縮し、全体としてやや横長となった点は、カメラとしての納まりが良くなっており歓迎したい。

残る問題は、AFだろう。

背面を見てみると、「MACRO」ボタンがある。


これはつまり・・・このボタンを押さなければ近接撮影に持っていけないということか。
この点は一眼レフユーザーとして、不便さを感じる所かもしれない。
やはりコントラストAFだと近接と遠景の大きなレンズ移動は厳しいらしい・・・。この辺りは、位相差AFにどうしても軍配が上がってしまう。折衷案として、像面位相差AFの搭載があると思われるが、さてX-Trans CMOSセンサーには載るのだろうか?ベイヤーの計算が通常のものより複雑そうなのだが、位相差AF用のセンサーを乗せられるのだろうか。
(なお、X-E1にはほぼ間違いなく搭載されないだろう。恐らく、X-Pro1 Mark IIのような次のメジャーアップデートの目玉にされるはずだ。そして、もしそこまで行けば、システムカメラとしての完成度は飛躍的に向上するだろう。)

とはいえ、AFの改善も噂されており、X-Pro1よりも良くなっている可能性は残されている。また、ピーキング機能が優秀なシリーズなので、恐らくMFに割り切ればかなり軽量で、高画質の頼れる相棒になりそうだ。

FUJINONレンズの柔らかなボケ感はかなり好きなので、是非良い物としていただきたい。
頑張れ、富士フィルム!



2012年8月27日月曜日

131. Transition(相の移り変わり目)

「百聞は一見にしかず。」
これには続きがあるらしい。

「百見は一行にしかず。」
百回見ることは、1回の行動に及ばないということだ。

そして、これにはさらに続きがある。

「百行は一考にしかず。」
考えなしの行動を100回するよりも、1回の深い考えの方が重要だ、ということらしい。

これは、西表島のガイドさんから教わったこと。
このガイドさんからは、

・鳥を食べる蜘蛛の話(3重の蜘蛛の巣が張られており、一個目は目の粗い弱そうな作りで、残りの二つが目の細かい巣になっている。残りの二つは近接しておかれており、鳥が羽ばたくと両方にかかる仕掛けになっている)

・獰猛な蜘蛛の蜘蛛の巣に、ちゃっかり居座っている別の種の蜘蛛がいること(その姿は同種の雄の姿にそっくりであり、仲間だと思われて攻撃されない)

・マングローブの木というものは存在しない(マングローブは総称であり、実際は、メヒルギやオヒルギといった名前が正確)

・マングローブだけを移植しても、環境は改善しない。(沖縄の那覇の河原にマングローブを植林したが、マングローブの土に住むシャコや蟹、ヤドカリ、その他の生物が一緒でないと落葉したマングローブの葉や周辺に滞留する生物の循環がうまくいかない。川のゴミなども引っかかってしまい、異臭を放つことに。)

・イヌビワなど、名称にイヌがつく植物の実は食べられるが、おいしくはない。(だからイヌが食べるビワということでイヌビワとなっている)

・西表島は、400万年前に中国大陸の長江の土砂が集積してできた。(中国大陸が現在よりも張り出していた)

などと色々教わった。
フィールドでの学習というのは、身体作用を伴っており、実に面白い。

さて、こんなことを書いているのは、これから忙しくなるからだ。
仕事では、止まっていたプロジェクトが動きだし、再び忙殺の日々を送ることになるだろう。
写真では、グループ展に出展することになり、10月までの1ヶ月間(の土日)は準備に追われることになる。
家庭では、11月に出産を控えており、その前にやるべき準備がある。

こんなかんじで、これから急激に忙しくなってくるので、西表島で得た知識を忘れないうちにメモしておきたかった。

さて、作品製作に取りかかろう。

2012年8月19日日曜日

130. SONYが最近面白い2(ようやくフルサイズミラーレス?)

1ヶ月前くらいだろうか。
デジカメの新製品に関する噂まとめサイト「デジカメinfo」で、ついに、SONYが業界最大手の一角ニコンを、累計の「噂数」で抜いてしまった。

デジタル一眼レフでは、キヤノンとニコンが大体シェアを30〜35%ずつ取っていて、二強の争いが長らく続いてきた。これはデジタル一眼レフ分野では今なお続いていることだが(ロンドンオリンピックでのシェア争いは記憶に新しい。両社とも「我が社の方が五輪でのシェアは高かった」とする勝利宣言をした、奇妙な事態も見られた)、ミラーレス機の登場から徐々に構図が変わってきている。

ミラーレス機の市場のみに注目すると、ミラーレス機を最初に始めたPanasonicや、PENシリーズやOM-Dが売れているOLYMPUSが一定のシェアを獲得している(およそ3割前後)。しかし、この二社の製品はマイクロフォーサーズ(m4/3)という比較的小さな撮像素子(17.3×13mm)を積んだ機種であり、「素子の大きさ」にこだわる自分としては、関心の対象外だった。

一方、SONYはAPS-Cサイズというデジタル一眼レフで多く採用されている比較的大きな撮像素子(23.4×16.7mm)を採用し、かつボディを小さくまとめた「NEXシリーズ」を投入した。2010年6月のことだ。

それ以来、SONYの動きは非常に活発だ。製品のサイクルが非常に早く、次から次へと新製品が発売される。ユーザーからは様々な意見(交通整理が必要では?や、カメラ本体の開発より弱点のレンズを開発してくれ等)が出ているが、NEXの登場で明らかにミラーレス市場は活性化したと思う。

先日公表されたキヤノンのミラーレス機EOS-Mは、その大きさや、フランジバック(*)、性能を見る限り、「キヤノンがやるNEX」と言ってもいいくらいで、両者は瓜二つだ。それだけ、NEXがエポックメイキングな存在だったと言えよう。逆に考えると、2010年6月から2年以上経って、ようやくキヤノンは似たような機種を出してきたわけで、動きが遅いと言えば遅いとも言える。とはいえ、キヤノン開発陣からしてみると、APS-Cで使える像面位相差AFの搭載にはこの年月が必要だった、市場の動向を読むにはこの年月が必要だった、シニアがこの方向性に了承するのに(意思決定するのに)この年月が必要だった等、色々と言い分はあるだろうから、そこはとりあえず無視しておこう。APS-Cでミラーレス機を業界最大手のキヤノンが出してきた、ということ自体が十分評価されるべきだと考える。

(*フランジバック:レンズの後玉から撮像面までの距離。これが短いということは本体が薄いことを意味する。また、フランジバックがより長い他社のレンズをマウントアダプターを介して使用することができるようになるため、オールドレンズで遊びたい人にとっては、基本的には短い方がありがたい。)

さて、NEXが出た当初、僕がまず思ったのは「小さいなぁ!」だった。
(とにかく薄く、軽く、結果として、レンズを付けると出目金のごとく不格好になる。これはAPS-Cサイズの素子を積みつつ(=レンズはそれなりに大きくせざるを得ない)小型化を行った副作用のようなもので、ある程度致し方ないものだ。当然、EOS-Mでも同様の悩みは発生するだろう。)

そして、次に思ったのは、「APS-Cでここまで小さくできるなら、35mmフルサイズでも小さなカメラができるんじゃないか?」
だった。

この話をカメラ好きの友人何人かに言ってみたのだが、そのときは、
「フルサイズは基本的にプロユースを意識したラインだから、それに見合うAF性能やその他の機能が追いつかないと商売にならないでしょう。性能を積むということは、サイズは必然的に大型化してしまうし、フルサイズでコンパクトというのは成立が難しいのでは。」
「撮像素子を大きくするということは、ウェハの切り出しで歩留まりがとても悪くなる。生産のコストを考えると、そうやすやすとは小型軽量の廉価モデルとしては、出しにくいでしょう。」
という否定的な意見が多かったように記憶している。


しかし、時代は移り変わりつつあるようだ。
ニコン、キヤノンは恐らく廉価版フルサイズ機(ミラー有り)を投入してくるだろう。フルサイズエントリー機と言えるこれらの機種(D600とEOS 9D?)は、プロユースというより、ハイアマ〜ミドルユーザーあたりをターゲットにしたモデルとなるだろう。
つまり、「フルサイズを気軽に」という時代まであと一歩といった状況だ。

そしてここに来て、

「SONYがフルサイズのNEXシリーズを開発している。」

との噂が流れてきた。
ようやくか。
いや、早かったと言うべきかもしれない。




(上図は、SONYのフルサイズNEXの噂を報じるデジカメinfoの画面(http://digicame-info.com/)。左袖のカテゴリ欄で、ニコンの記事数が807であるのに対して、SONYが823であることが分かる。)


APS-Cの素子を搭載したEOS-Mの登場で、また一つドミノが倒れたのかもしれない。もちろん、フルサイズNEXというのは、まだまだ噂の段階で、この後、どうなるかは分からないが、それでも、時代の流れは確実に、そこに向かっていくのだろう。

フルサイズNEXが出るとすると、まず、マウントがもう一つ増えることになる。SONYは現在、コニカミノルタから引き継いだデジタル一眼レフ(αシリーズ)用のAマウントと、NEX用に開発したEマウントの二つのマウントを保有しているが、フルサイズNEXを出すとすると、ミラーレスな分、Aマウントよりはフランジバックは短くなるだろうし、フルサイズのイメージサークルをカバーするには、Eマウントよりは大きなマウントにする必要があるだろう。イメージとしては、Aマウントの口径で、フランジバックはEとAの中間くらいといった感じだろうか。これくらいのサイズでフルサイズミラーレスが出たら・・・確実に買ってしまうな。

問題は、AF性能か。
ミラーレス機でも比較的早いAFを達成できる、「像面位相差AF」もしくは「像面位相差AFとコントラストAFの組み合わせ」は、今後どの程度スピードと精度を上げていけるだろうか。ミラー有りの一眼レフ機では、「位相差AFセンサー」というAFに特化したセンサーが搭載されており、AFのスピード/精度ともに速い。現状では、像面位相差AFやコントラストAFとの組み合わせでは、位相差AFにはスピード/精度ともに到底及ばない。センサーのサイズが大きければ大きい程、被写界深度(ピントが合っている深さ)が浅くなるので、AFはよりシビアになってくる。これをどれだけ詰められるか。像面位相差AFの開発競争を制したものが、次代の覇者となる可能性が高いと言える。

僕はカメラの開発に携わっている人間ではないので詳しいことは分からないが、像面位相差AFの技術的な伸びしろがまだまだあることを期待したい。

それにしても、ようやく、高級フィルムコンパクトカメラに対抗しうるレベルの35mmフルサイズデジタルカメラが出るのかもしれない。僕はこれをどれだけ期待していたことか。(EOS 5D MkIIをメインに使っているが、ちょっとした外出には大きすぎる。しかし、一度5D MkIIの画質に慣れてしまうと他の機種(APS-C以下)を使う気になれなくなってしまう。フルサイズかつ小型というのは、正に理想のカメラ(の一つ)なのだ。)

それにしても、PENTAXはどうするのだろうか?
こういったダイナミックな潮流に、デザインやカラーバリエーションだけで勝負していくのだろうか?
また、これまで通り、APS-Cのカメラに注力して、スペシャリティを狙って行き続けるのだろうか。
フルサイズミラーレス、一番出すべきなのはPENTAXなのではないだろうか。
(一方で、一番「出しやすい」のが、撮像素子屋として卓越した技術力を持つ、SONYなのも分かるのだが。)

SONYの今後が実に楽しみだ。

2012年8月4日土曜日

129. EOS M (ドミノゲーム再び)

遅ればせながら、EOS Mの話をさせていただこう。
長らく待たれていた業界最大手のキヤノンの、ミラーレス市場参入。
キヤノンのデジタル一眼レフをメインに使用している自分としては、気になる存在だった。
このブログの中でも、既に何度かその存在に触れてきた。


そして、去る7月23日、ちょうど西表島でピナイサーラの滝を楽しんだ日、EOS Mという名称でキヤノンのミラーレス機が発表された。発売は9月とのことだ。




画像







7月1日の記事の中で、キヤノンのミラーレス機について、僕は以下のように記述している。

122.スマートフォンがカメラを進化させる(ドミノゲーム)http://7billionth-essay.blogspot.jp/2012/07/122.html

ちなみに、キヤノンのミラーレスには様々な噂が飛び交っているが、一番多い物は、G1Xの1.5インチセンサーを流用して作る、というものだ。これは、既存のAPS-Cの一眼レフ達に配慮(遠慮)しつつ、厳格に「ミラーレス」と「デジタル一眼」をラインで区別するやり方であり、大御所のやることとしては、正しい。同じく大御所のニコンも、まったく同じ戦法で、ニコン1という1インチセンサーを搭載したミラーレスシリーズを展開している。しかし、一カメラファンからすると、まったくもってつまらない戦法でもある。ミラーレスを単に「エントリー機の代替品」くらいにしか思っていないのであれば、最も知性溢れる選択なのだろうが、他社が既に保有しているシェアを奪い返す、という目的があるのであれば、もっともっと強力なコンセプトが必要だ。動画を重視する戦略(Cinema EOSシリーズなど)を展開しているキヤノンとしては、ミラーアップ状態が持続しているようなミラーレス機は、その動画性能を発揮する非常にいい「舞台」なわけで、それを既存品に気を遣ってちまちました戦略を取った結果、大成しないのであればもう本当に失望としか言いようがない。とはいえ、玄人の方々からすると、「APS-Cサイズにすると、レンズが大きくなってしまいどうしても不格好になってしまう。全体の大きさも、SONYのNEXシリーズが限界であり、ミラーレスで小型化するという目的が達成できない。」という意見もある。これも理解できるし、そのような読みはニコンがニコン1を始めたときにもあったのだろう。なので、1.5インチセンサーでミラーレスが出るのだとしても、それはそれで容認はするのだが、ただ、せめて、像面位相差AFは搭載してほしい。また、あのG1Xのデザインをそのまま踏襲することだけはやめてほしい。本当に。そして、動画性能を売り文句として、スッキリしたシンプルなモデルで、EVFありモデルとなしモデルを同時発売したら、それなりの話題にはなるはずだ。その上、別のラインとして、「フルサイズのミラーレス」が出たら相当素晴らしいが、そうなるとフランジバックの異なるマウントがEF&EF-Sマウント、1.5インチミラーレス用マウント、フルサイズミラーレス用マウントと3種類も混在する状況になるので、コスト意識の高いキヤノンはそんなことしないんだろうな。

この時点では、1.5インチセンサーの噂が支配的で、僕自身もそうかと思っていた(諦めていた)のだが、果たして登場したEOS Mは、APS-Cセンサーを搭載していた。
結果として言えることは2つある。

1.キヤノンは思ったよりミラーレスに大きな可能性を見い出している。
最大のライバルであり、かつ既にデジタル一眼レフに主力製品があるという商品構造が似通っているニコンは、小型の1インチセンサーをミラーレスに採用し、既存のAPS-Cサイズのデジタル一眼レフを保護する選択をとったが、キヤノンは違った。ニコンよりキヤノンの方が、思いきった選択をしていると思う。
APS-Cセンサーを積んでいるということは、AFの精度さえ改善すれば、APS-Cサイズのデジタル一眼レフを代替するポテンシャルがあるということだ。これを敢えて積んできたということは、それをするだけの価値をミラーレス市場に(ようやく)見い出したのだろう。それは、ユーザーからすると、在るべき姿に近く、好感が持てる。


2. APS-Cサイズのセンサーは、ミラーレスがメインになる可能性が高まった。
これは長期的な話だが、撮像素子面内にAFセンサーを配置する「像面位相差AF」は今後確実に進化していく技術だ。この技術が進化すると、ミラー有りのデジタル一眼レフが得意としている高速度のAFがミラーレス機でも可能になってくる。さらに、EVF(電子ビューファインダー:液晶画面をファインダー内で覗くようなもの)も進化を続け、液晶の表示速度(リフレッシュ速度)が向上すれば、OVF(光学ビューファインダー:ペンタプリズム等で実際の光を見るファインダー)の代替となる日もやってくるだろう。そうなると、中級機以下のミラー有りデジタル一眼レフでできることは、ミラーレス機で代替できてしまうようになる。


こうなってくると、苦しいのがニコンのニコン1シリーズとPENTAXのAPS-Cサイズのデジタル一眼レフだろう。
ニコン1は、既にSONYからサイバーショットRX100が出ているように、コンパクトデジカメにも同じサイズの素子(1インチ素子)が積まれるようになってきており、これら高級コンデジとの差別化が難しくなってしまう。近い将来、「レンズが交換できるコンデジ」という位置づけに成り下がってしまう可能性がある。(つまり、PENTAXのQシリーズと同様、悲しい結末を辿る可能性が出てきた。)

また、PENTAXが厳しいのは、まず、PENTAXのデジタル一眼レフには、フルサイズ機が無いということである。APS-Cセンサーを積むミラーレスが一般的になってくると、「画」として同じサイズの素子を積むミラー有り機との差を出すのが厳しくなってくる。そうなると、ミラー有り機は「それだけかさばるのなら、フルサイズじゃないと。」となってくる。しかし、困ったことにPENTAXにはフルサイズのデジタル一眼レフを作る体制が整っていない。既に古い話かもしれないが、今年のCP+(2月)でPENTAXの方に聞いた話だと、「フルサイズへの進出は厳しい。現状のラインナップだと、フルサイズに対応できるレンズがない。」ということだ。元々KマウントのレンズはフルサイズをカバーできるFAレンズというものがあったのだが、デジタルになってから、APS-C機に注力するということで、FAシリーズはリミテッド以外はディスコンとなり、APS-Cに最適化したDAシリーズがメインとなった。この選択は、少ない経営資源を集中するという意味で正しいのだが、今後の展開として、フルサイズ進出の足かせとなってしまっている。

このように、EOS MやSONYのNEX等、APS-Cミラーレス機の一般化によって、上にも(APS-Cデジタル一眼レフ)、下にも(ニコン1やm4/3)ドミノゲームが始まる可能性が出てきた。

PENTAXが一発逆転を狙うのなら、レンズを一から作り始めても良さそうな「フルサイズのミラーレス機」を作ることだろう。ミラーレス機は、フランジバックが短いため、レンズを一から作り始めるにはいい理由(カモフラージュ、または大義名分)になる。さらに、これは妄想だが、OLYMPUSのOM-Dのように、往年のMXシリーズを彷彿とさせるようなフルサイズミラーレス機(EVF有り)を出してくれば、俄然面白くなってくる。

一方、m4/3陣営やニコン1は、レンズとボディとのバランスがいい、スタイリッシュである、というデザインに訴求する戦略を取らざるを得ないだろう。ここだけは、APS-C陣営には物理的に真似できない(多少レンズの明るさを犠牲にすればそこそこはできるはずだが)芸当なので、それを多いに謳えばよろしい。OM-Dは、いい例だと思う。

さて、EOS Mに話を戻そう。
EOS Mのスペックは、ほぼEOS Kiss X6iと同じで、像面位相差もある。センサーも共通だ。しかし、サイズはm4/3機に迫る小ささで、小型化に熱心ではなかったキヤノンとしてはよく頑張っていると思う。デザインは、正直、それほど好みではないが、G1X程ずっこけてはいないと思う。もう少し、角張った形が良かったのだが。
問題は操作系で、これは実機を触ってみないと分からないが、タッチパネルで操作するやり方がメインなため、直感的な操作はし辛そうだ。

理想的には、GR-Dの操作系だ。
人差し指で操作するダイアルと、親指で操作するダイアルの2軸で操作でき、絞りと露出をアナログでコントロールできる。こういったダイアル搭載モデルは、中級機〜ハイエンド機に搭載してほしい。その上で、EVFを搭載してくれれば、確実に買いだ。
その上で、多少明るさを犠牲にしても構わないから、沈胴式の小さな標準ズームが出たらいいが、換算35mmのパンケーキ(EF-M22mm)が出ているだけでも御の字だ。

とりあえず、早く実機に触れてみたい。

2012年8月3日金曜日

128. 父とのメール(70歳と30歳)

2012年7月11日、突然父からメールがあった。
件名: 分子について質問があるんだけど分子について質問があるんだけど。鎖状化合物、2エチルヘキシルセバケートは、非常に長い分子構造式を持っているけど、例えば外圧力などで、一分子の形、結合している外形、外側の形、分子状態の形が変わることがあるのか教えてほしいです。分子式や分子構造は変わらないことは、解るけど。ある現象で同じ化合物でも分子の形が変化すると考えると解釈できることに遭遇しています。一般に一分子の形は外乱によって変わることがあるのか?を教えてほしいです。海洋研究所でレポートを書こうと思うので、よろしく。お父さん



父は、機械工学系の人で、機械や電気系には強いが、化学系にはそれほどでもないらしい。一方僕は、高専では物質工学(化学)、大学では生物工学、大学院では生物物理学を専攻していた。このため、いくらか父よりは化学について知識がある(逆に、機械や電気には疎い)。ただ、正確な専門としては、一分子生理学であり、質問にあるような有機化合物というより、もっと高分子なタンパク質が専門だった。また、大学院を卒業してから6年以上も経っており、その間、実験は一切していない。臨床試験による薬剤開発は行っているものの、いわゆる研究者が行う実験と臨床試験は異質なものだ。(統計的な仮説検証という観点は同じでも、扱う対象が違いすぎる。)


化学は大学の学部レベルの知識しかないが・・・それでも、この命題について考えてみることにした。物理化学の基本的な知識を組み合わせれば、ある程度、考察できるのではないか。

以下は、僕の回答。



件名: Re: 分子について質問があるんだけどその化合物を直接扱ったことがないから特異的な性質のことは答えられないけど、一般的な話をすると、まずC-Cの共有単結合は、C=O等の二重結合と違って、自由に回転できます(参照http://books.google.co.jp/books?id=S3sEcX7Fbt0C&pg=PA42&lpg=PA42&dq=自由度+共有結合&source=bl&ots=85F-wtfEDp&sig=6sU43pWqfM-ohKpp6B9Dkxeq5yc&hl=ja&sa=X&ei=eVH9T5z3N4yHmQXF072xBQ&ved=0CFsQ6AEwBA)。なので、この化合物みたいに長鎖の化合物は、グニャグニャとブラウン運動にさらされて(熱揺動で)形を変えていて、そもそもかっちりした決まった形を取っていないと思う。滝つぼの中にビニールテープがあるイメージかな。時にS字になったり、時にくしゃくしゃに丸まったり、周囲の動き(ブラウン運動)によって形を変えている。ビニールテープは回転の自由度が低いけど、C-Cはかなり自由に回転できるからもっと色々な形になっていると思う。滝つぼは巨視的な流れがあるけど、もちろんこれはブラウン運動の比喩で、巨視的な流れのない(巨視的には静止した)液体の中でも、一分子レベルの微視的な世界ではランダムな方向に分子が振動して、曲がる部分は曲がり、回転する部分は回転している。この分子は油的な物性っぽいから、水の中ではなく、自分と同じ分子が周りにいて満員電車の中みたいになってるんだろうけど、いずれにせよ、ブラウン運動で個々の分子は振動してぶつかり合って、絡まりあって、形を変えていると思うよ。お父さんが「分子の形」と言ってるのがどこまでの形をイメージをしているか分からないけど(ご指摘の通りもちろん分子の化学構造は変わらない)、化学構造でなくていわゆる「立体的な形」であれば、ブラウン運動に左右されて、ゆらゆらした複数の形を取っているということだと思う。で、ブラウン運動は不規則な確率過程だから、分子の立体的な形も確率的に複数の状態が想定されるよね。周囲の分子との分子間相互作用と自身の立体障害(自由度にも限界がある)で、熱力学的に安定な立体構造はいくつかに絞られると思うけど、それがたった一つということはないはず(たった一つの形をとることは、エントロピーが下がり過ぎて、熱力学的にありえないよね)。さて、分子の立体的な形はブラウン運動に左右されるので、ブラウン運動そのものが制限を受けるような(超)高圧力なら分子の形も影響を受けるということになると思う。ただ、特定の形に収束する(トランジションする)というより、分子そのものの形は相変わらず確率的に揺らめきつつ(化学構造的に配向性はなさそうだし)、分子間の距離が変わる、っていうかんじかな。ここら辺はきちんと実験しないと分からないけどね。思考実験として、極端な例を挙げれば、液体窒素だよね。気体の窒素も高圧、低温で液体に変わるように、ブラウン運動が制限されるレベルまで圧力をかければ、分子の配列、分子間の距離は変わってきて、その結果、巨視的には物性の変化となって現れてくる。粘性とかも変わると思う。ただ、微視的には、窒素一分子の立体的な形が変わっているかというと、原子間の配置は変わらないし、立体的な形というのも変わらない(Å以下のNN結合の短縮はとりあえず除外して考える)。長鎖の場合は、登場する原子数が多いからもう少し複雑だろうけど、形が確率的な不定形を取っているだけで、同じようなロジックで考えられるんじゃないかな。一応、ぱっと頭に浮かんだのは以上なんだけど、間違ってたらごめんね。


父の言う「分子の形」がそもそもどういったことを指しているのかが分からなかったが、通常考えられることとしては、「外圧力では分子の形は変わらない」だろう。ただ、液体窒素の例のように、気体→液体や液体→固体といった相転移は、外圧力によっても引き起こされる(当然、温度変化によっても引き起こされる)。このような相転移の最中に、分子の形(立体的な形)はどのようになっているのだろう?基本的な理解としては、このような相転移は分子と分子との距離が変わるだけであり、分子ひとつひとつの形までは変形しないというものだろう。ただ、「形」という言葉は難しく(抽象的で)、そもそもC-C単結合が多い分子では、厳密に言えば「複数の形」の間をブラウン運動によって行ったり来たりして揺らいでいて、「この形」という特定のものがない。このため、「形が一切、少しも変化しない」とも言い切れない。そもそも揺らいでいるものだからだ。
とは言え、例えば圧力がある場合には形Aになり、圧力がない場合には形Bになる、といった方向性のあるような変化はしないはずだ(少なくとも双極子のような電荷の非対称性があるような分子でない限り)。ただ、相転移レベルの外圧がかかった場合、ブラウン運動の制限も出てくるだろうから、「ランダムに取りうる形のバリエーションの幅が狭くなる」といった程度の変化は出てくるだろう。僕が上記の長いメールで伝えたかったのは、そういうことだ。
なお、ブラウン運動で分子の形が揺らぐ、というのは例えばDNA等では常識的な話で、一分子生理学の基本的な知識として知られている。DNAを引き伸して1本の線のようにするのは相当なエネルギーが必要で(ピンっと張った分子の形はエントロピー最小なので(=本来あるはずの自由度を許さない)、エネルギー的に不利すぎる)、通常、水溶液中のDNAは丸まった毛玉のような恰好をしている。この水溶液を超高圧下に置いた場合、どうなるだろうか?水が凍る程の高圧であれば、DNAの形もひしゃげてしまうだろう。ただ、DNAの形が、ある特定の形に収束するかというと、それはないだろうと思う。
さて、父からの返信は以下のようなものだった。


件名: Re: 分子について質問があるんだけどありがとう。やっぱり分子はその形を変えることがあるんだ。というのは、例の2エチルヘキシルセバケートは、鎖状化合物で分子量426程度で細長い形にもなると思います。表面張力が小さく、濡れ接触角は殆どゼロと考えられる。例えば、少しセバケートを机上にこぼすと次の日には、机上一面に広がってしまう。20MPaとか68MPaの圧力を印加すると最初はリークが止まっていても、1日とか2日経つとリーグがわずかにはじまる。いわゆる分子レベルでの分子流リーグが発生するんだ。これは、分子の形が例えば、ある程度丸まっていた、外圧力や自己凝縮力などで、リークが止まっていても、それが自然な細長い分子の形になり、表面張力が小さいこともあり、時間遅れリーグの原因だと思うのです。リークが始まると分子流リークはとめどもなく継続するんだ。明らかに。対策として継手の圧力封じ込め部分にセバケート に溶けない安定な環状化合物分子量3500ばはかりのシリコングリースを塗布したら、時間遅れリークは止まった。最初は確実に止まっていたリークが時間遅れ持ってわずかな分子流リークを始めるのは分子の形が変わってくるとしか推論できないように思います。この考え方に関連推論いくつか現象が他にあるけど、携帯メールは時間がかかって疲れます。パソコンから連絡したいのだけど。お父さん


うーん、勘違いしている。
僕が伝えたかったことは残念ながら伝わらなかったらしい。
「リークが時間遅れを伴っているから、分子の形が変化している」というのも、ロジックとして飛躍があるように思う。仮に、万が一分子の形が変化するのだとしても、その形の変化が圧力をかけ始めてから「時間をかけてゆっくりと」起こらなければ、そのような時間遅れを伴うリークは発生しないはずだ。しかし、加圧により、分子の形がどの程度時間をかけて変化するのだろう?これが短時間だったら、時間遅れを伴ったリークの原因にはなり得ない。つまり、父のロジックは「加圧による分子の形の変化は遅い」という憶測が前提となっているわけだ。そして、その憶測を支持するようなデータは得られていないように見受けられる。
また、そもそも、丸まっている分子では通らず、ピンッと細長くなった分子なら通るような穴ってどんだけ小さいんだろう?恐らく、第二世代シーケンサーに使われるようなナノポアレベルだろう。そんなレベルの工作精度っていうのも逆にすごすぎる。実際は、高分子の拡散にかかる時間が長く、時間遅れが発生しているだけなのではないか。
ということで、再度説明するメールを打ってみた。
件名: Re: 分子について質問があるんだけどうーん、ちょっと誤解があるみたいなんだけど、、前のメールで言いたかったのは、圧力で「分子間の距離」は変わるけど、「分子の形」そのものは大枠で変わらないということなんだよね。液体窒素のように。まず、確認したいのは、リークが起こる箇所のサイズってどれくらいなのかな?5nm以下のようなレベルかな?それとも、100nmクラスかな?分子量が500程度の分子が丸まったときのサイズと、細長くなったときのサイズはどれくらい違うと想定してるかな?ざっくり考えると、多分、丸まっているときは大きく見積もっても5~8nm、細長くなったときの短辺は2nmくらいかなと思う(この値は本当にあて推定なので、もし論文を書いたり対外発表するなら、きちんと実測するか、分子シミュレーションできちんと推定しないといけない)。で、形が変わったとして、8nm→2nmという、わずかな差でリークするか、しないかの差が出てくるのは、リークする箇所(穴)のサイズが5nmとか、相当小さくないといけないと思う。これを検証するなら、例えば、今流行りのナノポアを使って圧力あり、なしでリーク量の差を見るとかしないといけないと思う。
もし、リークする箇所のサイズがそこまで小さくないのなら、分子の形が変わって抜け出してきたというより、表面張力の弱さで、拡散に従って、徐々に漏れてきたということだと思う。1-2日かかるのは、高分子の拡散にかかる時間がそれくらいだったということかなと思う。

少しセバケートを机上にこぼすと次の日には、机上一面に広がってしまう。
1-2日後にリークすることと、1日後に机一面に広がってしまうのは、ともに「分子の形」が変わったからではなくて、表面張力が弱く、徐々に「拡散」で広がっていったと考えられると思う。

まぁ、これは実験系を見てないから一つの考え方ってことで。論文のピアレビュー対策として、ご参考までに。

このメールでどうやら父は理解してくれたようだ。父からの返信は以下の通り。
件名:ありがとう。表面張力ありがとう。大いに参考になりました。分子の形状を考えるより、非常に小さい表面張力による拡散であり、拡散の時間遅れと考えれば、ロジカルな説明になります。海洋研究所のドクターとその点で合意しました。他に、八つ程の要因がありますが、これらは既にメカニズムとして説明できる状況にあり、これで今までの現象・事象が全て説明できると考えています。 レポートは、試験装置の改善ということで、地震・津波・防災研究の研究テーマとは別に行う付随レポートにする予定です。

というわけで一件落着したのだが、今回の一件で改めて考えてしまうのは、
70歳を越えた自分は果たして同じレベルの質問を繰り出せるだろうか?
ということだ。

父は70歳にして、国の海洋研究所で実験をしている(装置の実験)。
70歳のとき、僕はまだ科学的な思考を駆使するような仕事をしているだろうか?
そして、自分の息子に、このような、ある意味挑戦的な質問を投げかけられるだろうか?

願わくば、いつまでも知性を磨き続けたいものである。

127. 資本論(マルセル デュシャン)

「私の資本は、時間です。
お金ではありません。」

マルセル デュシャンはそう言った。
なるほど、現代写真を切り開いた天才らしい意見だ。
実際、デュシャンは自身の作品を売ってお金を得ようとはせず、図書館の司書やフランス語の家庭教師などを行って、生活の糧を得ていた。生涯、金持ちにはならなかったが、食いっぱぐれることもなかった。お金持ちにならなかったことで、邪念が生まれず、作品製作に没頭できたのだろう。

さて、自分はどうだろうか。
うーん、と唸ってから、思いついたのは以下の通り。

「私の資本は、お金と時間です。
お金だけでも、時間だけでもありません。」

一介のサラリーマンの僕は、お金を稼ぎ、それを元手にして、自分のやりたいこと、やれることを拡大している。

海外まで遠出すること、よいカメラを手にして写真を撮ること、レンズを変えること、書籍を買って英語の勉強をすること、発音矯正のスクールに通うこと、これらは皆お金で実現している。

しかし、お金だけ出せば身につくものでもなく、買ってからは時間を使って習熟する必要がある。ここを疎かにしてしまっては何も残らない。

お金をうまく使うこと、センスよく使うことは、思っているより大事だと思う。
時間をうまく使うこと、センスよく使うことは、想像以上に大事だと思う。

126. 解像度と視点(世界の捉え方)

僕たちは、生まれたときから、徐々に自己と世界を認識し始める。
その理解がどの程度まで及ぶのか。
自分が理解した世界、認識できた世界、それが広く、深い程に、人生の面白さは際立ってくる。
「分かる」ことは、「愉しい」のだ。

さて、「分かる」とはどんなことだろう?
キーポイントは、「解像度」と「視点」だと思う。

どのくらいの解像度で、世界を認識できているか。
どのような視点で、世界を眺めているか。

世界とは、自分以外の全てである。
例えば、「能」や「写真」であってもいいし、「分子標的薬と併用するためのコンパニオン診断薬の開発」であってもいいし、「中間解析と独立データモニタリング委員会に関するFDAのガイダンス」であってもいいし、「高圧力下における脂質分子の構造」であってもいい。

これら事物には、「原因と結果(因果関係)」や「科学的な性質」や「歴史」や「アナロジー」があり、いずれも考えるに値するテーマとなりうる。つまり、奥行きがある。この奥行きを、どれだけ精彩に認識し、理解できるか。

一つの事物に没頭して、それを高い解像度で見て行くと、やがて自分なりの理解が生まれてくる。一通り、理解が完了したら、顔を上げて辺りを見渡すと、また別の事物が謎を解かれることを待っていることに気付く。その新しい事物に、あなたは取り組む。そしてまた、新しい事物へ、新しい事物へ。

こうして深堀した領域が増えて行くと、点だった理解は線となり、線だった理解は面となり、面だった理解は立体へと連なっていく。

そうすると、やがてあなたは、事物を多面的に理解できるようになる。
この視点からは、こう考えられる。予想される。
一方この視点からは、こう考えられる。予想される。

このようになってくると、考える事自体が、楽しみになってくる。理解できることが、ぐんぐん増えてくる。
こうして、世界を考える「視点」が培われる。

「解像度」と「視点」この両者を育むことが、知性あるヒトの命を楽しむ秘訣なのだろう。


「解像度の高さ」、「視点の多彩さ」
これらがその人の「知性の到達点」を物語るバロメーターとなる。

125. 五年間(中期経営計画)

5年後に、大きな変化がある。
そう仮定してみたい。
それを前提に、今何をすべきか考えよう。


英語で文書を作ることには、そう不自由しなくなった。
メールであったり、同意説明文書であったり、プロトコールや手順書など、必要なドキュメントは一通り任せてくれていい。


英語でプレゼンをすることも、普通のことになってきた。
英語で会議をすることも、そう構える程のものではなくなった。


しかし、これらは、韓国人や台湾人を相手にしている場合に限る。
例えばアメリカ人にネイティブな英語でがんがん話されると、正直不安が残る。
ラリーキングのインタビューなど聞いていると、スクリプトを見なければよく内容が分からないことも多く、まだまだだなと思う。




5年後に、海外で仕事を不安なく行えるレベル。
そこを到達点に設定したい。


伸ばしたい弱点分野は、
発音、
リスニング、
アウトプットのスピード(話す速度、書く速度)
の三点だ。


5年。
5年でどこまで行けるだろう。


何もしなければ行ってから苦労することになる。
だったら、今のうちに「苦労を前倒し」にすべきだろう。
今以上に、これから頑張りたい。

2012年8月2日木曜日

124. 憶えておきたい。

「お前は遠回りなんかする必要ない。
 真っすぐ行け。」


言われて嬉しかった。
じゃあ、真っすぐ行きますか。