2011年10月11日火曜日

101. 成長の2条件(全能感と無力感)

仕事や勉強で成果が出たり、高く評価されたりすると、僕は至って安易に「全能感」を感じてしまう。

何でもできる!天才か!
そんな勘違い。

一方、何かひとつでも躓いたり、思い通りにならないことが続くと、僕は至って安易に「無力感」を感じてしまう。

何にもできやしない。失敗作か。
そんな勘違い。

この振れ幅が大きければ大きい程、「成長体質」なんだと思う。
もちろん大きすぎると人格という器自体を壊してしまうので、結果としては良くないのだが、人格が保たれる範囲内であれば、両者の振れ幅が大きい程、その間にエネルギーが蓄積する。
そんな風に思う。

全能感を味わっているときは、それが続くまで突っ走ればいい。
どこまでも、どこまでも、息が続く限りどんどん突き進んで連戦連勝すればいい。
ハイになって、乗りに乗っているときは、確かにうまくいくものだ。
それは、ある意味で、秋の豊穣のようなもので、刈り取れるうちに刈り取った方がいいのだ。

しかし、やがて確実に冬はやってくる。
なぜかうまくいかないことが出て来てしまう。
それは、慢心してしまったためなのか、それとも、以前よりもレベルがアップした結果、負荷の大きなことに挑戦してくじけてしまったのか、それは時と場合によって異なるが、いずれにせよ、人生ずぅーっと連戦連勝とはいかないのだ。

そんなときは、無力感を感じればいい。
自己点検をするいい機会だ。
謙虚になろう。
周りにも気を配ろう。
自分の欠点や、獲得すれば成長につながる知識、情報源を丁寧にマーキングして、3ヶ月かけて制覇しよう。
今日が駄目でも、明日やろう。
明日がだめでも、今週やろう。
根気強く、粘り強く、食い下がってやろう。
どんなに意見が通らなくても、意見の質が低いかなと不安になっても、言い続けよう。
馬鹿にされても、しょうがない。
ただ、ファイティングポーズだけは保っていよう。

そして、遠き日の「全能感」をかすかに思い出して、そこに至るための道を探すんだ。

やがて冬は終わる。

寒暖差がある地方の方が、うまい米ができるのだそうだ。
全能感と無力感の落差がある方が、うまい成長ができるような気がする。


そんなことを頭の一部で思う一方で、「全能感」も「無力感」も、実は一種の「勘違い」で、
自分自身をアジテートするためのギミックに過ぎないことも、薄々気付いている。

けれど、それに醒めて、冷め切ってしまったらおしまいだ。
馬鹿っぽいかもしれないけれど、この「偉大なる勘違い」こそが、僕の成長の原動力であり続けている。

2011年10月7日金曜日

100. Steve Jobs 1955-2011


アップル社の前CEO、Steve Jobs氏が2011年10月5日逝去した。

アップル社の創始者の1人であり、
Macintoshを生み出した。

アイコンをクリックすることでアプリケーションやフォルダを操作する、という現在では一般的となったPCの操作概念を生み出した(そしてWindowsにも採用された)。その結果、一般人には敷居が高い「コマンド入力による操作」から人々は解放され、PCを直感的に操作できるようになった。

iMacを生み出し、
それまでの「PCのデザインは事務用品の延長線でも構わない」という概念を壊し、「PCもインテリアの一部であり、デザイン性があるべきだ」という感性を人々に気付かせた。

iPodとiTunesを生み出し、
それまで「音楽はCDを買って聴くもの」もしくは「CDを借りてMDやテープにダビングして聴くもの」という概念を壊し(その結果、アメリカではタワーレコードが潰れ、一世を風靡していた日本の電機メーカーのMDコンポは駆逐された)、「音楽はダウンロードして購入し、PCで管理し、気軽に大量に持ち歩くことができるもの」という新しいスタイルを定着させた。

iPhoneを生み出し、
「携帯電話は、キーと画面が別々であるべき」、「インターネットと携帯用ネットワークは別でも問題ない」という概念を壊し、「携帯電話は、電話機能だけでなく、PCと同レベルでメールやWebを利用でき、大画面で操作できるべき」という感性を人々に与えた。

アプリの概念を生み出し、
「携帯やPCの機能は発売当初から固定されている」という概念を壊し、「アプリを追加することで、機能の拡張は気軽に、頻繁に、大幅に行える」という概念を生み出した。


そして重要なこととして、
Steve Jobs氏が生み出した製品は、どれも美しかった、という点も見逃せない。

僕は「アップル信者」という程、アップルに傾倒はしていないが、それでも、アップルの製品には美しさを感じてしまう。

最近、iPhone 4のケースが欠けてしまい、ケースを付けずに剥き身のまま使用していた。実際そのようにしてみて分かったのは、「この製品はケースなど付けるべきではなかったな」ということだ。

ケースで覆われてしまう背面に触れてみると、ディスプレイの面と同様の滑らかな触感を感じる。表と裏で感覚が近く、その結果、触感上に一体感が生まれている。
ケースの分だけ厚みがあったが、それが無くなることでよりその薄さが際立ってくる。

表面の硬質感、剛性感を頼りに目を閉じて想像すると、磨き上げた1枚の大理石のような感覚を抱く。この小型で美しい石盤には、様々な情報が流れ込んで来て、僕に多くのことを語ってくれる。

今日一日のWeb閲覧の履歴だけ見ても、
  • 食べログで立川周辺のお店をチェック→パスタの名店が閉店予定であることを知る
  • 昨日久しぶりにテレビで見た相川七瀬の半生をWikipediaで確認
  • 相川七瀬とPUFFYの吉村由美が似ていることを知る。言われてみればそうだ。
  • デジカメウォッチで昨日から大きな変化がないことを確認
  • 富士フィルムの新作Xシリーズ X10の外観を確認。
  • 富士フィルムの新作Xリシーズ X-S1の外観を確認。ペンタ部には何が入っているのか?
  • デジカメinfoで富士フィルムのミラーレス一眼に関する情報を確認(4/3ではない)
  • 今週末の天気を確認
  • グランドハイアット東京のお店を確認。→鉄板焼きの「けやき坂」でランチ
  • 4×5カメラの種類を調べる
  • 埼玉スーパーアリーナのイベント情報をチェック→SIAM SHADEがまだ活動していることを知る。
  • 4×5カメラのトヨフィールドについて仕様をチェック
  • 食べログで 浦和の店のランキングを確認

と言うように、ちょっとでも気になったことは片っ端から検索し、情報を得ているというのが事実だ。

普通の携帯電話を使用していた時、僕はここまで気軽にネット検索を行わなかった。ネット検索は、家か会社でPCの前に座って、というのが当たり前だった。
しかし、今では電車の待ち時間でも、電車の中でつり革に掴まりながらでも、トイレの中でも、テレビを見ている最中でも、食後のまったりとした時間でも、歩きながらでも、寝る直前でも、「調べることができる」。

このため、僕に流れてくる情報の「流速」が明らかに上がったと思う。

これも、元を辿れば、「Steve Jobs氏のおかげ」ということになる。
この遠く離れた日本の、見ず知らずの一会社員の生活が、彼の仕事によって変わった、ということになる。


Steve Jobs氏の仕事、
それは多くの変革を生み出した。
それは美しかった。

ソフトバンクの孫正義社長は、Steve Jobs氏を現代のレオナルド・ダ・ヴィンチと喩えた。その心は、「芸術と技術を融合させた天才」だそうである。
的を射ている。

また、米国の新聞 The Miami Heraldでは、
Jobs, who founded and ran Apple, told us what we needed before we wanted it.
(アップル社を創始し率いたジョブズ氏は、「私たちが望んでいるもの」を私たちに教えてきた—私たちがそれを欲しがる前に。)
と表現している。
これは、彼が成し遂げた偉業をよく表した表現だと思う。

彼は、人類のその他大勢よりも、「未来の自分たちが何を欲しがるのか」に早く気付けた。
そのニーズを、テクノロジーと自身の美学を持って、製品に結実させた。
そういうことなんだと思う。

アップル社の公式サイトでは、今、Steve Jobs氏の顔写真がトップに載せられている。この写真をダウンロードしてみると、ファイル名はこうだった。


t_hero


その通り。
彼は、英雄である。



2011年9月22日木曜日

099. ミラーレスのニコン(戦国時代?)

兼ねてから噂があり(海外サイトではQマウントと言われていた。今となってはPENTAXが同名のマウントを出してしまったので変なかんじ)、
さらに、日経新聞にすっぱ抜かれて「それは弊社が正式に発表したものではありません」と否定されてきたニコンのミラーレス機。

ついに正式発表となった。
ニコン側からすると、「ミラーレス機ではなく、『レンズ交換式アドバンストカメラ』である」とのことだが、機構としては「ミラーとペンタプリズムを排してEVFもしくは背面液晶でフレーミングをさせ、フランジバックの短いマウントを装着した、コンパクトなレンズ交換式カメラ」なので、世の中としては「ミラーレス機」そのものといえる。

また、そのターゲットニーズは岡本恭幸氏によると「デジタル一眼レフカメラの趣味層が確実に拡大している一方で、コンパクトデジタルカメラではちょっと物足りないという人が新しいカメラを求めている」とのことで、いわゆる「ミラーレス機」のターゲット層そのものである。
(素直に「ミラーレス、遅ればせながら、うちもがんばります!」と言えばいいのにね。)

名称はとりあえず、置いておいて。

特徴としては、

・高速AF (確かにミラーレスが弱いのはAFの合焦速度なので、いい訴求点です。位相差AFとコントラストAFの組み合わせ。)

だろう。

気になるのは、センサーサイズが小さいということ。

Nikon 1のセンサーはCXフォーマットで、13.2×8.8mmというサイズ。

SONYのNEXシリーズは、ミラーレス機でも最大のAPS-Cサイズで、23.4×15.6mm

次いで大きいのは、フォーサーズ(4/3型)規格のOLYMPUS PENシリーズとパナソニックのGFシリーズで、約17.3×13mm

ミラーレス一眼で一番小さなフォーマットはPENTAXのQシリーズで、1/2.3型6.2×4.2mm
これ、実はRICOHのコンデジCXシリーズと同じサイズ。つまり、Qシリーズは悪く言ってしまえば、コンデジをレンズ交換できるようにしただけとも取れる。(持ってる人すみません。。)

ちなみに、伝統的に用いられてきた35mmフィルムの感光面のサイズは、36×24mmで、デジカメの世界ではフルサイズと称されている。

さて、これらを面積順に並べてみよう。

フルサイズ:  36×24=864   (これを基準値100%とする)
APS-Cサイズ: 23.4×15.6=365.04 (42%)
4/3型:    17.3×13=224.9  (26%)
CXフォーマット:13.2×8.8=112.2 (13%)
1/2.3型:   6.2×4.2=26.04  (3%)

CXフォーマットは対角線が1インチなので、1/1型と書くこともできる。なので、ちょうどフォーサーズとPENTAX Qシリーズの中間に位置しているのが分かるだろう。

ミラーレス機には、APS-Cから1/2.3まで幅広い撮像素子が搭載されており、素子の大きさがどのように写真に影響を与えるか知らない人たち(特にその層がメインターゲットなわけで、どいひーな話なのだが)にとっては、困惑する原因になるだろう(それか全く知ることなく、デザインとフィーリングとCMの印象と店員の話術と在庫の状況によって半自動的に決まるかもしれないが)。

もし、真剣に背景をボカした写真を撮りたくて、それでいて小さくまとめたいのであれば、NEXをおすすめする。(これは、本音)

それにしても、フルサイズの素子と比べると、PENTAX Qシリーズは、僅か3%の素子面積で「一眼レフ」を謳っているわけか。。

CXフォーマットも13%なのでかなり小さい印象だが、そもそも随分と売れているフォーサーズ規格であっても僅か26%なのにはちょっと驚いた。

一般の人からすると、フォーサーズ規格でも十分「背景がボケる」と感じるわけで、「コンデジ以上、デジタル一眼未満」の層の人にとっては、CXサイズでも十分なのかもしれない。

ここらへんが、ニコンの読みなのだろう。

一方で、これはカメラ仲間であれば賛成してくれると信じて疑わないのだが、一度一眼レフ、とくに中判までかじってしまった人からすると、CXの撮像素子サイズは「何か物足りなくない?」と首を傾げてしまうのだ。

それはきっと、僕たち(カメラ好き、マイナー集団)が、ミラーレス機を、

「デジタル一眼レフの代替機」

と観ているからだろう。
APS-Cサイズ以上のデジタル一眼に慣れ親しんだ人、さらに、それにも飽き足らず、フルサイズで撮っている人からすると、「撮像素子って大きくないとボケ量が少ないし、高感度ノイズも出やすいよね」と無自覚に思っているので、撮像素子が小さいと食指が伸びないのだ。

逆に考えれば、ニコンがCXフォーマットを作った背景には、

ターゲット層は、「デジタル一眼が重いので、ミラーレス機に戻ってきました」という「出戻り層」ではなく、あくまで「現在コンデジをメインに使っているけど、なんか綺麗な写真も撮りたくなってきた」という「デジタル一眼のエントリーユーザー(デジタル一眼未経験者)」である、

という決断があったという風にも取れる。

ニコンが想定する顧客のパスウェイ(成熟度の方向性)は、恐らく「一方通行」である。

コンデジ→ミラーレス(CXフォーマット)→デジタル一眼(APS-C、DXフォーマット)→フルサイズデジタル一眼(FXフォーマット)

この流れの逆流は、基本的には「無視できる」マイナーニーズと仮定されていると思われる。

このため、僕のようなマイナーニーズの持ち主が、「CXぅ!?小さくない!?」といくら喚いても、恐らくニコンはミラーレスでAPS-Cサイズやフルサイズの素子を搭載したモデルは作らないだろう。

「でかい素子がお好きなら、どうぞこちらへ。」
と、スっとD7000を出してきたり、

「おやおや、もっと大きい素子がお好きなら、どうぞこちらへ。」
と言って、D3SやD3Xを出すつもりなのだろう。


これは、企業のラインナップの作り方として、非常に正しいやり方である。

ライバルCanonでは、APS-CサイズにKissシリーズ、60D(二桁Dシリーズ)、7D(APSサイズの一桁Dシリーズ)と三つもラインを作ってしまい、ターゲット層の区分けに苦しんでいる(ように勝手に思っている)。

ならばいっそのこと、Kissシリーズに当たる部分(エントリーモデル)は、ミラーレス層と重なるのだから、ばっさりとミラーレス機を出して、コンデジからフルサイズに至るまでのベルトコンベアーに自社製品だけで載せてしまった方 がいい。よっぽどいい。と、ぼちぼちCanonの人たちも思っているはずなので、Canonも多分、そう遠くない未来にミラーレス機を出すんだろうなぁ、なんて思ってしまった。

それよりも、マイナー集団としては、そろそろEOS 5D Mark IIIを出してほしい。

DIGIC5の搭載(これは確実)、ISO感度の向上(常用感度で12800まで、実用感度で3200)、AF測距点の増加(せめて20点。30点行けば御の字)、連続撮影速度の向上(3.9→せめて8)、バリアングル液晶の搭載(これは、まぁーできたらで)、HDR撮影(微妙なところ)、プラスチックの質感の向上(これは多分されない)、軽量化(絶対無理だけど)と色々ある。

正常進化を望むばかりである。

だって、コンデジ→ミラーレス(CXフォーマット)→デジタル一眼(APS-C、DXフォーマット)→フルサイズデジタル一眼(FXフォーマット)
の流れが一方通行だとしたら、フルサイズまで行き着いた人は、フルサイズの新型を待つしかないのである。

(中判デジタルに逝く、という手もあるが。100万の投資が必要である。中判フィルムは既に手を出してしまった。もしや・・・大判フィルムか?)

098. 復旧(DNS)

やっと復旧しました、本体サイト。
7 billionth part of the world
http://www.7billionth.com

2週間程前から本体サイトを開こうとしてもつながらず、「サーバーが見つかりません。」とエラーが出ていました。

「ん?」

と思ったけれど、深く考えず、「しばらくしたら復旧するだろう。」と悠長に構えていたら、その後もずーっとつながらず。
先週の土日にようやく「何かがおかしい。」と思い調査してみました。

当初の僕の認識では、このサイトは、以下の二つのサービスから成り立っていると思ってました。(素人丸出しで恥ずかしいですが)

1)Appleが提供するサーバー 「mobile me」
ここに、本体サイトのテキストやら写真やらのデータが収められてます。

2)「名づけてねっと」で取得した独自ドメイン「7billionth.com」

通常は、www.7billionth.comとアドレスバーに打つと、mobile me上のデータにアクセスしてサイトが開くわけなので、1)と2)が関連づけられることで、本体サイトは成り立っている、と思われます。

で、1)の方を調べても、データはきちんと保管されているし、新しくアップロードもできるし、不具合は見つかりません。mobile me側の独自ドメインの設定もきちんと「www.7billionth.com」で行われています。

2)の方を調べても、きちんとドメイン使用料は払われていて、ドメインは継続されてます。

つながらない原因がよく分からないので、名づけてねっとに問い合わせてみると、メールで返信がありました。
曰く、

-----
名づけてねっとのご契約を確認いたしましたところ、
特に問題は見当たりませんでした。


該当ドメインをWHOISにて確認しますと、以下のDNSが登録されておりました。


Name Server: NS1.EVERYDNS.NET
Name Server: NS2.EVERYDNS.NET
Name Server: NS3.EVERYDNS.NET
Name Server: NS4.EVERYDNS.NET


この登録されているDNSに何かしらの問題がある可能性がございますが、
「名づけてねっと」のサービスではございませんので詳細については分かりかねます。
-----

これを読んだ僕がまず思ったのは、

「DNS?・・・ってなんだっけ?」

です。(もうこれ、知ってる人からしたら、すごい恥ずかしいんだろうなぁ。)

つまり、僕は3年前に行った(はず)のDNSサーバーの設定や、それどころか、DNSサーバーというものの存在自体忘れていたのです。

したがって、本体サイトが成り立つためには前述の2つのサービスに追加して、

3)DNSサービス (サーバー側のIPアドレスと、取得した独自ドメイン(7billionth.com)をつなげるサーバー)

が必要だったわけです。


さて、よくよく調べてみると、
NS◯.EVERYDNS.NETを提供している「EveryDNS」というアメリカの会社が「DynDNS」という会社に買収されていたことが判明しました。
おおぅ。

その結果、2011年8月30日をもって無料のDNSサービスを終了していたことも判明。


それかっ!


そして、9月6日にはサーバー自体を閉鎖したらしく、おかげで、「サーバーが見つかりません。」という悲しい表示が出るはめになったのでした。

まさか企業買収に伴うものだとは。

よくよく調べてみると、確かにEveryDNS社からは3回程「閉鎖になるから新しいDNSに引っ越してね」というメールが着ていました。(英語のメールだと、差出人が知っている人でない限り「迷惑メール」と思い込んでいたので、完全に未開封でした。)

じゃあ、引っ越すか。
と調べてみると、今度は買収後の新会社DynDNSは、無料でDNSサービスを提供してくれません。おい。

年間30ドルなので、大した額ではないとも言えなくはないですが、買収して、閉鎖して、はいこちらへどうぞ、ここから年間30ドルです、あ、そうそう引っ越し費用に4.95ドルいただきやす。なんて言われると、DNSを空気のような存在に感じていた(失礼)だけに、そうは問屋が卸さねぇぜ。ってなるわけです。

そこから、無料のDNSサービスを行っている会社を探していると、Dozensという会社が目に入ってきました。

Dozens
http://dozens.jp/

こちら、とても良さそうです。
EveryDNSの閉鎖に伴い、DNS難民が結構出たと思うのですが、その人たちのページでも紹介されています。

ただ、DNSの設定の仕方がよくわからない・・・。
全くのド素人で恥ずかしくなるのですが、ドメインを設定した後に、



Record Name
Type
Priority
Content

を設定しなければいけないのですが、その意味がよく分からない。

困ったときは、問い合わせする。素人としては正しい判断で、問い合わせをしてみると、送ってからわずか5時間程で連絡がありました。
曰く、



---


基本的にはMobileMe様側の設定指示に従って設定していただくべきかと
思いますが、参考情報としてこちらのURLを挙げさせていただきます。
http://lblevery.com/iweb_lab/howto/entries/2008/10/24_howto_038.html


ここの「FC2のドメイン管理画面で設定する」というブロックに
記載されている手順が参考になるかと存じます。


ここで記載されているはそれぞれDozensでは以下に対応します。
Hostname -> Record Name
Record Type -> Type
MX Pref -> Priority
Address -> Content
この対応に従って設定してみていただけますでしょうか。

---


なるほど!
ということで、上記サイトに従い、以下のように設定。

Record Name: www (デフォルトでその後にドメイン名「7billionth.com」が続く)
Type: CNAME
Priority: 0
Content: web.me.com.


できました。
この設定で、5分もしないうちにサイトが復旧しました。

いやーよかった。

ちなみに上記の設定の意味するところは、「www.7billionth.comの別名(CNAME)として、web.me.comを指定します。」ということのようです。

これでwww.7billionth.comとアドレスバーに打つと、web.me.com(mobile me)上でwww.7billionth.comと関連付けられた僕のiDiskを読み込むようになるんですね。

なるほど。

しかし、今回の一件で、いかに自分がPC関係は素人か思い知りました。
この方面は、それほど伸ばす気はないですが、ドメインの知識くらいはしっかりしておきたいものですね。

2011年9月13日火曜日

097. 30歳(というお年頃)

30歳になりました。

っていうわけではなく。(29歳です)

まぁぼちぼち30歳という年頃なわけで、そろそろ仕事のやり方をもう一度考え直したいな、と思っている、という話をしたい。


僕は大学院の修士課程まで学生だったので、今は社会人6年目。

これは会社で言うと、そろそろ「中堅」っていうところだ。

後輩も出来てきて、そうは言っても、上も居て。
実務をやりながらも、マネジメントやチームワークの意識も持ってほしい、という要請も感じる年代だ。
(なーんて客観的だよなぁ。でも、そういうのに気付くのも第一歩かなと思う。)

僕自身、やっぱり新人のときや3年目くらいまでのときとは、「何か」が違う気がする。
その「何か」というのは、短絡的に言えば「経験」だ。
でも、もう少し、自分の感じるニュアンスに迫ってみると、

「ん?この問題、まったくどうしたらいいかわからないぞ。。」

という感覚が減っている、と言える。
裏を返せば、

「ん?この問題、以前にもあったぞ。」

という感覚であったり、そこまで明確でなくても、


「ん?この問題、自分だけでは解決できないけど、あの人に聞いたら答えが出てきそうだな」

という自分の人脈を含めた「総体」として解決できる「気がする」であったりする。

このような、「気がする」のはとても大事なことで、それで変なところで悩まなくてよくなるし、気も楽だ。

この「自分の中に答があるような気がする」という妙な確信は、何度かは裏切られるだろうけど、信じてみたい。その上で、自分がこの問題の本質は何か?効率的な解決策は何か?新しい試みはできないか?をきちんと考えたい。考え抜きたい。

これまでは、「経験が足りない。」「事例を知らない。」「解法のパターンが分からない。」と自分のメモリーに訊いても、答が返ってこないことが多かった。
そのため、「今はデータ収集期間だ。」と割り切って、非効率な方法だと思っても、とりあえず従ってやってきた。

それはそれで意味があったのだと思う。
いずれにせよ、「データは収集できた。」のである。

これからは、その内部データと、外部に散在するデータ(属人的なノウハウや文献上の事例やデータ)を自律的に統合し、最適解を自分の中のプログラムで(それはこれまでの経験や、自分自身の嗜好に多いに依存している)書き出すことが大事なのだと思う。


また、書いてみて思ったのだが、「自分の人脈も含めた総体」という考え方もとても大事だと思う。会社は組織である以上、1人で物事を解決できるようにはできていない。
(自分1人で解決できる問題は些末なことが多い。)
その意味で、その問題が「誰に帰属するか」に気付くのは、組織の中で生きていく上でとても大事なことだ。

それを下手に背負ってしまったりすると、問題の解決が遅れるだけだし、親切心から出た「越権行為」でもある。

そんなわけで、「自分の人脈を含めた総体」をきちんと正しく認識して、それをフルに活用するのが、30代の課題なのだと思う。
また、その人脈を深めたり、広めたりするのも課題だろう。


まだまだ、やりたいことがたくさんある。

2011年8月27日土曜日

096. 島田紳介(5×5)

島田紳介が芸能界を引退した。
その突然の引退劇は・・・
と、そこにフォーカスを当てたいわけではなく、たまたま書店で島田紳介の著書を手に取った、という話をしたい。

その名も、

「自己プロデュース力」

である。
このタイミングで、この著書を読むのも皮肉なのかなぁと思うが、他意はなかったと思う(たぶん)。

この本は、吉本の芸人(候補)さんを相手に、島田紳介が行った講義をまとめた本らしい。
(「らしい」というのは、立ち読みしただけなので。あしからず。)

さて、最初の数ページしか読んでないのだが、面白い件があった。
内容を簡略化して書くと、こんなかんじだ。


「世の中、全て、才能です。
才能のない人は、売れません。
才能のある人は、売れます。」


ここだけ読むと、「うわぁ、自分が売れてるからってやなこと言うなぁ」と思いたくなるが、その後にこう続く。


「でも、人は努力ができます。
仮に、通信簿のように才能と努力に点数を付けたとしましょう。
才能と努力にそれぞれ、0点から5点までの点数を付けます。
ずば抜けた才能に恵まれた人は、才能5点。
その人が、並外れた努力をした場合、努力5点。
これをかけ算した、5×5=25点がその人の「力」です。
仮に5点の素晴らしい才能があったとしても、全く努力をしなければ、5×0=0点です。

一方、自分が平凡な才能、3点くらいの才能しかない人でも、あきらめないでください。

才能がそこそこある4点の人が、普通の3点の努力しかしなければ、12点。

才能が3点の人でも、5点の努力をすれば、15点の力が出ます。

このように、才能で負けていても、努力で勝つことは可能です。

みなさんに、どのくらいの才能があるかは分かりません。
でも、努力の仕方は変えることができます。
いい努力の仕方を身につけて、自分の才能の一番上の力を目指しましょう。」


僕は島田紳介のテレビ番組はそれほど好きではなかったけど(申し訳ないけども)、ただ、このロジックは好きだ。
実際、このような世界に僕たちはいるのだと思う。

願わくば、僕は自分のフィールドで4点くらいの才能は持っていたい。
そして、5点の努力をしていたい。

と思うけど、まぁ焦らずやっていこう。人生長いしね。

2011年8月15日月曜日

095. 最高のカメラ(っていう妄想癖)

カメラ大好き病という重篤な病に冒されてからというもの、

「最高のカメラとは何か?」

という命題が頭から離れない。

気付くと、カメラ関係のサイトを読みあさり、先輩諸氏のカメラ評論を読んでは色々と想像を巡らせてしまう。(それもひどいときには、夢の中で。今朝も、Leica M3がいいか、M4がいいか?散々悩みまくる夢を見た。重症である。幸せものである。)

大体、本当の所は、「最高のカメラ」なんてものはこの世には存在しない。
ないものねだりなのは、わかっている。
しかも、悪いことに「レンズ交換式カメラ」の場合、カメラ本体だけでなく、レンズのバリエーションまで加わるから手に負えない。
そんなシステムを用意された日には、「最高のカメラとレンズの組み合わせ」を探究したくなってしまうじゃないか。

例えばこうだ。

やっぱり日中だけでなく、室内や夕方なども撮れる(撮りやすい)カメラが便利でいいよね。
→そうすると、ISO感度が固定になるフィルムより、高感度も選べるデジカメがいいね。
→写真を撮るからには、ボケ感を感じる写真が撮りたいよね。
→そうすると、デジタル一眼だね。明るいレンズと組み合わせて、できればフルサイズの撮像素子を搭載したモデルがいいね。
→動いている子供撮るなら、AFがあった方がいいよね。
→じゃあ、AFが早めのCanonがいいよね。(もちろん、Nikonでもいい。ペンタもK-7以降で大分改善されているらしい。が、とりあえず、USMの付いたCanonで話を進めさせてもらいます)
→室内で人を撮ることもあるし、外で撮ることもあるんだよね。レストランで対面で撮ることも多いし。
→50mm単焦点っていうのもありにはありだけど、レストランの対面で撮るには少し狭いかもなぁ。広角〜標準のズームレンズの方がつぶしがきくだろうね。
→チーン。入りました!EOS 5D Mark II + EF 24-70mm f/2.8L USMが最高の組み合わせじゃね!?


と思って、上記組み合わせを基本的にはメインに使っている。
確かに、この組み合わせは「機能」だけで考えた場合、およそ最高の組み合わせの一つだと思っている。(合計で30万円以内という予算で考えた場合。大枚を無尽蔵に叩けば、もっといい機種はもちろんある。)

上記の組み合わせは、AFの合焦スピードが早いし、フルサイズの素子とLレンズの明るさが相まって、ボケ感もいいかんじ。立体感を感じる数少ないデジタルカメラと言える。
素子そのものは、一世代前ということで実用に耐えうるISO感度は1600くらいまでだけど(この辺りはNikonに分がある)、それでもISO400が基本のフィルムカメラからすると、十分高感度と言える。
三脚を使用すれば、ほぼ撮れないものは無い、と言っていいくらい汎用性が高い。

ただ、である。
ないものねだりはいくらでもできる。
まず、上記組み合わせは重い。810+950=1760gで、常時1.76kgの重りを持っているようなものだ。体積もかなりあるので、バックも自ずから大きくなる。
レンズも大きく、ちょっとレストランで食べ物の写真をと思っても、取り出すには大袈裟な印象がある。
また、デザイン的にも、無骨なデザインは悪くないが、マッチョな外観は正直言っておしゃれではない。

カメラは道具なので、おしゃれ感を求めてもしょうがない気もするのだが、例えばバルナック型ライカのIIIfやM型ライカのM3,2,1,4あたりに鏡筒の短めなレンズが付いていると、「ああかっこいいな」と素直に思ってしまう。
道具ではあるけれど、「モノとしての存在感」「佇まい」のようなものがある。「気品」がある。とかなんとか思ってくると、なんだか、だんだん満足できなくなってくるのだ。(この辺りの思考が病気である)


そうすると、「大袈裟ではない、だけど画質もいい、そして、おしゃれ感のあるカメラ」はないか?
という命題が生まれてくる。むくむくと生まれてくる。
「ああ、この命題を満たすカメラこそ、最高のカメラなんだ!」というような気がしてくる。

そうして考えてみると、
→画質の良さも追求しつつ、便利さも落とさない、ということになると、デジカメでAPS-Cサイズか少なくともフォーサーズくらいの撮像素子は欲しいよね。
→そうなると、ミラーレス一眼なら、SONY のNEX、Fuji filmのFINEPIX X100、オリンパスのPENシリーズ、PanasonicのGFシリーズ、SigmaのDP1、2シリーズかな。
(どうでもいいですけど、Pentax のQシリーズって撮像素子が普通のコンデジ並みに小さいんですね。レンズ交換式ミラーレスで世界最小って言ってるけど、それってありなんでしょうか?それなら本当にいくらでも出来てしまう気が・・・。コンデジのレンズを交換式にすればいいだけなわけで。。あと、Pentaxがリコーに買収されるのはとてもいい方向だと思うのですが、そうなってくるとリコーのGXRとQシリーズがバッティングしてしまう気がするんですよね。GXRにはMマウントのユニットが追加されたばかりですけど、この先、GXRはどうなっていくのでしょうか?っていうか、そもそもの話をすると、レンズ交換式のカメラユニットを出した時点で、「レンズと撮像素子は一体化した方が最適な組み合わせを実現できる」としていた当初のGXRのコンセプトはどこに行ったんだ?って気もしてきますね。ああ、話が逸れた。)
→おしゃれ感も重視したいよね。
→それなら、X100かPENかなぁ。

というわけで、最近は、結婚祝いでいただいたFINEPIX X100をよく使っている。
確かに、このカメラは気軽に持ち出せる上に、高画質だ。
正面から見た印象は、M型ライカ。
それでいて、軍艦部(カメラの上部)は、バルナック型ライカの印象。(ダイアルの配置がかなりバルナック型。特に露出補正ダイアルが、バルナック型のフィルム巻き上げダイアルを模していて面白い。)

パッと見たかんじは、クラシカルなカメラなのだ。
AFの合焦スピードは残念ながら早くないし(コントラストAFのある意味限界?)、近接している被写体に合焦させるには、一旦マクロモードを選択しなければならないというコンデジのようなルールもあるが、それさえ慣れれば使い勝手は良好である。

電源を落とす毎に、設定が飛んでしまうという悩みも、ファームウェアのアップデートで改善された。

間接照明のかなり暗い室内であっても、テーブルに肘を置いてしっかりホールドすれば、1/15くらいまではシャッターを切れる。これはミラーショックのないミラーレス機の強みだろう。

ISOは実用で大体2000くらいまで。(個人的な感覚です)
これなら夜でも室内でもOKである。

レンズは固定式で選べないが、35mmの焦点距離というのが絶妙で、若干広く感じることもあるのだが、少なくともレストランで対面に居る人を料理と一緒に撮るという用途では非常にちょうどいい画角だ。Leicaでも好んで使われる焦点距離である。
レンズはF2.0と明るく、鏡筒も短いため、バックにも入れやすい。
(レンズ設計では、鏡筒を短くできるようかなり頑張ったらしい)

仮にオリンパスのPENを選んでも、パンケーキレンズという意味ではフルサイズで34mm相当の単焦点レンズM.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8を選ばざるを得ず、結局同じような大きさになる。
撮像素子という意味では、フォーサーズよりもAPS-Cの方がわずかに大きく、その分、ボケ感も出やすい。
開放側の絵が好きな自分としては、このスペックとスタイルなら固定式であっても不自由ないのである。

というわけで、X100も最高のカメラの一つである。

が、しかし。
カメラ大好き病の重症患者の場合、
X100のようなLeicaライクなカメラを日常的に見ていると、
自然と、ごく自然と、「Leica」を触りたくなってくるのである。


ここから、最近のライカブームが始まってしまったのだ(自分の中で)。
そして今朝の夢につながる。

M3か、
M4か?

どちらも、クラシックライカとしては王道である。
初代にして、帝王のM3。
進化版のM4。

ファインダーなら、M4>M3
シャッター音なら、M3>M4
巻き上げ感なら、M3>M4
おしゃれ感なら、M4>M3 (傾斜クランクを粋ととるか否かによります)
値段は、M4の方が概して高い(実用の状態で、大体20万前後)が、M3の方が安いと言っても、状態が悪い物が多く判断が難しい。修理しまくったあげく、二個一になっているものなんてのもザラらしい。。

ゼンザブロニカのブロニカS2(6×6の中判フィルムカメラ)を購入してから、まだ1ヶ月半しか経っていないにも関わらず、、既にM3かM4か、果てはバルナック型IIIfかIIIgかIIIaかも?と悩んでいる自分が、正直、怖い。

上の流れでは触れられなかったが、ブロニカS2も最高のカメラのうちの一つである。
6×6の中判一眼レフカメラといえば、ハッセルブラッドが有名だが、ブロニカS2も捨てたものではない。
まず、何より最短撮影距離が短い。
60cmまで寄れる6×6の中判ってあるだろうか?
うちには、ハッセルブラッド503CW +Planar 100mm F3.5(借り物。※神々のひとつ)があるのだが、最短撮影距離だけで考えると、ブロニカS2+NIKKOR P・C 1:2.8 75mmに分があると言える。(焦点距離違うけど)
ハッセルのレンズは、標準(75mm〜100mm、35mm判換算で47〜63mm)だと恐らく最短でも90cmだと思う。


6×6のフォーマットに限定して考えると(つまり、Pentaxの645と67は対象外とします)、あとは二眼レフのローライフレックスやヤシカ、マミヤC330などがあるけれど、これらもそれほど寄れない。1m程度だったと思う。

また、6×6判としては、マミヤ6MFといったレンジファインダーもあるけれど、レンジファインダーは近接には弱く、最短でも1m程だったはずだ。
アタッチメントを付けるってのはナシの方向で。

さて、1mと60cmだと、一歩分の差がある。
この差は大きい。
被写体がグッと寄り、パーソナルゾーン内での撮影となる。

それを6×6の真四角フォーマットで切り取る。
うん、これだ。これである。

となったわけで、ブロニカS2を入手した次第である。この当初の目論みは完璧な形で実現する。確かに寄れる。
きっちり60cmまで寄れている。(なんとなく、それよりも寄れる気がするくらい)

ファインダーも45年前のものとは思えないくらいピントがわかる。
露出計も内蔵していない古風なカメラなので、「勘」で撮るわけだが、全く問題ない。
別に人間露出計を自認しているわけではなく、ネガフィルムの許容範囲が5段と広いため、大抵は「救えてしまう」のである。
中判は被写界深度がきついので、大抵f5.6〜8まで絞る。
ISO400のフィルムを入れたとして、曇りなら、1/250〜1/500、日陰なら1/125だ。
これだけ。
写真家渡部さとるさんが著書で紹介した、「感度分の16」というのが正しいだろうし、それを発展させた「感度10倍分のf5.6」も正しいと思うのだが、経験上としては、上記の数字で何となく撮れてしまう。
感度分の〜に比べると、多少オーバー気味になるが。
ちなみに、フォーカルプレーンシャッター機で、かつ、ミラーショックが史上最大級のブロニカS2にとっては、1/125が限界の低速シャッターと言える。
これ以下になると、手ぶれの影響が出てしまうので、1/125が切れなくなった時点で「良い子はお家へお帰り」とふかすハードボイルドなカメラなのだ。

シャッター音は、何か金属同士がぶつかりあったような「カッシャーッンッ!」という派手な音がする。
このメカ感がたまらない、と言えばその通りであるし、うるさいと言えばそれまでである。
また、フィルムの巻き上げレバーを回しきると、「バキッ」という音が出るが、間違いではなく、正解なのだ。
そういうカメラなのである。この金属の塊感がたまらない。

とはいえ・・・(以下略)