その昔、研究室のテクニシャン(実験のお手伝いさん)にN嶋さんという人がいた。
僕は、そのN嶋さんと一緒に、自転車で買い出しに出かけたことがあった。
快調に下北沢への道を飛ばしていたのだが、突然、前を走っていたN嶋さんが急ブレーキをかけて停止した。
僕はぶつかりそうになって、「ちょっ、どうしたんですか?」と慌てて尋ねると、N嶋さんは「しっ!」と静かにするよう合図した。そうして、しばらくすると、おもむろにこう言った。
「ブルセラ好きなおじさんがね。」
「はい?」
「ブルセラ好きなおじさんっているじゃない?そんな人が、女子高生を見てるような気分なの。」
「あの~、・・・全然意味わかんないですけど。」
と言いながら、見つめている方向を見ると、一匹の猫が実に気持ち良さそうにひなたぼっこをしていた。
あーそうだった。N嶋さんは無類の動物好きだった。
当然、猫も例外じゃないわけだ。
しかも、その好きっぷりは尋常じゃなく、「ブルセラ好きなおじさん」並らしい。変態である。
「猫、好きなんですね?」
と静かに聞くと、
「そう・・・」
と言ったN嶋さんは、一瞬どこか寂しそうに、ポツリとこう言った。
「でも、猫アレルギーなんだよね。」
悩ましいっ。
とてつもなく悩ましい。
N嶋さん曰く、
「抱きしめたい!もう、すぐさま抱きしめたいんだけど、できないのよ。だって、すごい蕁麻疹でるから。」
昨日僕は、外勤先の街をもそもそと歩きながら、突然そんなことを思い出していた。
(あれはつらいよなぁ。【猫好きなのに、猫アレルギー】って。神が与えた試練かよっ!ていうか、むしろジョークだよな(笑))
と、5年近く前のそのエピソードに、思わず「思い出し笑い」をしてしまった。不覚である。
さて、僕の職種は外勤や出張が多く、南は沖縄から北は北海道まで、街から街へとかなり移動する。その結果、「移動する時間」というのが一般的なサラリーマンよりもかなり長くなっている。
大抵は、音楽を聴いたり、本を読んだり、新聞を読んだりして、移動時間をやり過ごすわけだが、たまに音楽プレーヤーの電池が切れていたり、本を家に忘れてきたり、満員電車で新聞を広げるスペースがなかったりと、なんとなく手持ちぶたさな時間が生じてしまうことがある。
そんなとき、僕は脳内で一種の「遊び」をすることにしている。
それはとても簡単なものだ。
例えばこんな感じ。
「夜。」
という言葉を脳内で発声してみる。
すると、僕の脳は、「夜のイメージ」を脳内に作り出す。
暗い、どこまでも暗い夜。
それが例え、煌煌と明るい朝の山手線の中であってもだ。
次に、僕は
「冷たい空気。」
と頭で言ってみる。
すると、僕はピーンと張りつめた冬の夜を感じることができる。
それが例え蒸し暑い満員電車の車内であってもだ。
「雪。」
とたんに、景色はスキー場の夜の景色に変わる。シャリシャリと踏みしめる雪の感触。吹雪いてよく見えない視野。分厚い手袋で感覚が鈍った両手。寒さで鼻頭がぴりぴりと痛み出す感覚。
そんな「感触に溢れた世界」が、「言葉」を引き金にして数珠つなぎになって僕の頭にダウンロードされる。
これは一種の連想ゲームだ。
「言語」から「イメージ」へ、「イメージ」から「言語」へ、そしてまた「イメージ」へと綱渡りをするように、幻想の世界を無作為に彷徨って行く。
一言で言えば「言葉遊び」だが、よくよく考えてみると、脳科学で言う「クオリア」(明確な質感/特質を持つ感覚データ)を積極的に使った頭の体操になっているな、と思う。
言葉というのは不思議なもので、一度習得してしまうと、その言葉が持っているイメージ(クオリア)がタイムラグなく脳内に現出するという性質を持っている。
これはとても便利だ。
本や音楽がなくたって、僕らには脳内に格納された無数の「言葉」がある。それを脳内でランダム再生させてやるだけで、現実の退屈な時間から、自分の感覚と心を切り離して自由に遊ばせてやることができるのだ。
「最高の遊び道具かもなぁ。」
と、しみじみ思ってしまう。(こんなことってみんなやっているんだろうか?それとも、僕が変なだけなんだろうか?^^;)
さて、N嶋さんの悩ましいエピソードを思い出した僕は、
【猫好きなのに、 猫アレルギー】
という、「悩ましさ」を内蔵した「ねじれのあるフレーズ」というのに興味を持ってしまった。これは、ひょっとすると「言語クオリア遊び」に、また一つスパイスを加えられるかもしれない。
ということで、外勤の移動中に、
「嗚呼!悩ましいっ。」
という、胸キュンなフレーズを考えてみた。(どこまで暇なんだ)
以下、僕が考えついた悩ましいフレーズを余す所なくご紹介しよう。(なぜなら暇だからだ)
---※以下、あなたの貴重な時間を無駄にする駄文が続きますのでご注意ください---
フレーズ.1
【不器用なのに、 脳外科医】
嫌だ。とてつもなく不安になる。
「先生!手術の成功確率はどれくらいなんですか!?」
「ご安心ください。一般的にはほぼ100%、成功しますよ。」
「ああよかった。」
「でも私、・・・不器用ですから。」
辞めろよ!
いくら医者役が渡哲也であったとしても、嫌だ。
フレーズ.2
【口下手な、 弁護士】
これも不安だ。
「ちゃんと弁護してくれよ!」っていう被告人の叫びが聞こえる。
フレーズ.3
【シャイな、 検察官】
事件を追及できるのか?非常に不安である。
「照れてないで、しっかり質問しろ!」という被害者家族の叫びが聞こえる。
フレーズ.4
【早とちりな、 裁判官】
ここまで来ると、法廷はカオスである。
フレーズ.5
【悪人面の、 被告人(無実)】
えん罪くらいそう。
「私、本当に何もやってないんです!(ニヤリ)」
フレーズ.6
【機長が、 高所恐怖症】
「えー、ただいま高度1万2千メートルを順調に運行中です。
そして、
・・・私の手は震えております。」
フレーズ.7
【看護婦が、 どS】
「いつもより太めの針を用意しましたからね。」
「え!そんな必要あるんですか!?」
「いいえ。でも行きます。(ニヤリ)」
フレーズ.8
【占い師なのに、 不運】
「今年の私の運勢は~・・・また天中殺か!
ちょっと待て。
3年連続ってどういうこと!?」
フレーズ.9
【ボクサーだけど、 どM】
「馬鹿野郎!パンチもらい過ぎだ!ガードをあげろ!あげるんだジョー!!」
「へへ、おやっさん。だめだ。」
「何がだめなんだ!ジョー!」
「あいつのパンチ、 ・・・気持ち良すぎるんだよ。」
フレーズ.10
【慌てん坊の、 建築士】
フレーズ.11
【うっかり者の、 大工】
「お客様、非常にラッキーですよ!
本来、お客様がご購入された住宅は施行に8ヶ月かかるところでしたが・・・」
「予定より早くできたんですか?」
「そうです。慌てん坊の建築士が6ヶ月前倒しで図面を完成させまして。」
「えー?」
「その上、うっかり者の大工が適当に作った結果、僅か2ヶ月で出来上がりました。」
「あほかー!」
っていうか、
こんな駄文を夜中の3時半まで書いている僕こそ、
「あほかー!」
って思います。はい。
もう寝ます。
おやすみなさい。
listening to 「Insomnia/ the HIATUS」